【毒にも薬にも 私の中のニトロ ー5人の誕生ー】

「私の中のニトロ」を構成する5人の内なる人格(軍師、おじさん、調整役、お母さん、女の子)のイメージイラスト

私は鋭すぎる感性を持って生まれてしまった。

見えすぎる、処理がはやい、外れない。

それは時に誰よりも速く本質を射抜く武器になるが、同時に周囲との歯車を狂わせ、私自身を摩耗させる。
この、止めようのない両極端な性質をもった感受性を、私は「ニトロ」と呼んでいる。

このパワーをただの爆薬にしてしまわないために、私の中には個性豊かな5人の担当が生まれた。

別に多重人格じゃない。
今回は、そんな彼らの誕生秘話。

【軍師誕生 ― 私はいらない子】

3歳、妹が生まれた。大人たちの視線が私を通り過ぎるのを肌で感じ、「あ、私いらなくなったんだ」と悟った。

決定的だったのは、一番好きないちごのポッキーを妹に分けてあげようとした時だ。ただの善意だった。なのに親からは「赤子に近づく害虫」を払うかのように排除された。 3歳の純粋な善意に対して、こんな理不尽があってよいものか。

その不条理を突きつけられた瞬間、すーっと意識が後頭部から後ろの上空へと引かれる感覚がした。下にいる自分を高い場所から冷ややかに見下ろす。その視点から生まれたのが、**「軍師」**だった。

この冷静な俯瞰が、3歳の傷ついた心を心の奥深くへ沈めた。これ以上理不尽に傷つけられるのが許せなかった。それが軍師の選択だった。

以来、私は冷めた目で世の中を見るようになった。酒乱の祖父の口撃も、承認欲求の強い教師のエゴも、同級生のお友達ごっこも、すべてが透けて見えた。

当然、周囲からは浮いた。無礼な口は利かないが、媚びることも自分を曲げることもしない。その態度は格好の標的となり、いじめも受けた。けれど、彼らが見ている狭く歪んだ世界に自分を染めることだけは、どうしてもできなかった。

望んで孤立したわけではない。孤独を感じる瞬間はままあった。しかし、どこかで自分だけが世界の裏側を知っているという優越感――今思えば強烈な劣等感の裏返しだったのかもしれないが、視野が一気に広がり、全能感のようなものさえ感じていた。

【ヤジ担当のおじさん誕生 ― やられっぱなしの終焉】

小学校の6年生、毎朝「死ね」と言ってくる一学年上の先輩グループがいた。
学校ではクラス総出の無視や靴が勝手に出張し、外を歩けば罵声。心中は木枯らし吹きすさみ、やっぱり私の居場所はないんだと絶望した。

しかし「軍師」は一切の反応を示さなかった。反応することは彼女らの未熟と同期することになる。軍師の美学がそれを許さない。それに周囲の大人を見渡しても、子供たちの微妙な機微について適切に処理できる人物は見当たらなかった。

だが中学に入ったある日、いつもと違うことが起きる。
廊下であの先輩グループが、いつものあいさつを投げつけてくる。
「ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねーよ」

軍師が一瞥して立ち去ろうとした瞬間、私の視線が彼女たちをまっすぐ貫く。
「うるせーお子ちゃまが。女になってから文句言え」

軍師は驚く。先輩たちはたじろいだ。まったく意図しなかった言葉がなめらかに、そして怒号のように口を突いて出ていた。

軍師が3歳のあの子の盾になったように、今度は義理人情に厚い、パッション全開の「おじさん」が軍師の一歩前へ。これがおじさん誕生の瞬間だ。

おじさんは誰よりも近くで軍師を見てきた。戦略的に物事を組み立てる軍師を、「勢いだけの俺の出る幕じゃねえな」と信頼し、任せておけば大丈夫だと思っていた。とは言え、いつも一人で痛みを引き受ける軍師を、不憫には感じていた。

このまま一人にさせていいのか? あの子が絶望を感じたように、軍師の正義感すらこの世では認められないのか? おじさんは葛藤した。そして、仲間のために吠えた。

以来、フロントは軍師、たまにおじさんが飛び出して一瞬暴れる、という体制が続く。奥底で眠っている3歳のあの子を、決して起こさないように。

【調整役誕生 ― 完璧すぎた代償】

軍師とおじさん。この両極端な性質を抱えたまま、私はハチャメチャな青春を駆け抜けていた。その混沌とした日々の記憶は、また別の機会に譲るとする。

18の頃だった。 傍らには、小学生の頃から知っている友人がいた。華奢で可愛らしく、しかしひどく甘ったれで泣き虫な彼女。彼氏と喧嘩した、振られた、仕事がうまくいかない……。事あるごとに泣きつく彼女を助けながら、私はどこか冷めた目でその姿を見ていた。自分の人生の舵取りを他人に委ねる、その危うさと無責任さが理解できなかったのだ。

しかし、ふと気づいたとき、彼女は苦境に陥っても苦笑いしながら「仕方ない」と前進できる、まっとうな「大人」になっていた。彼女は痛みを隠さず、その都度さらけ出してきたことで、まるで刀を打つように自らの傷を鍛え、成長していた。

対する、自分はどうだ。

軍師とおじさんが鉄壁の布陣で守り続けてきた私の核。「3歳のあの子」は眠ったままだ。論理は研ぎ澄まされ、反撃の火力はニトロのように高い。なのに、中身は3歳の子供。 「俺たちは、一体何を守ってきたんだ」 最強を自負していた二人は、その空虚さに打ちひしがれ、しばらく自信を失って塞ぎ込んだ。

どうしようもなくなった時、私が取る方法はパワーダウンだ。最低限の飲食のみして、ひたすら眠る。3日ほど自堕落な生活を送ったある朝。音もなく誰かが現れた。

「そんなに落ち込まないでくださいよ。お二人の活躍、陰ながら拝見しておりました。完璧に守り通したから、彼女は3歳のまま眠っていられたんじゃないですか。もしお二人が二流だったら、彼女はどこかで起きて泣き出していました。」聞き覚えのない声が響いた。

軍師もおじさんも食い下がる。 「しかしながら、本来であればきちんと成長させておくべき存在をずっと眠りにつかせてしまった。これは私の戦略ミスだ」 「そうだ、俺らは『寝た子は起こすな』と成長のことは考えずにここまで突っ走っちまったんだよ。時間は取り返せねぇ。それよりあんた誰だ?」

男は爽やかにしかし淀みなく答えた。「私はお二人のファンです。しかし今はそのニトロみたいな爆発力活かしきれていないそう感じたことはないですか?私はその力正しく外部へ接続したいんです」

軍師とおじさん、これには返す言葉がなかった。
冷徹な軍師も、豪快なおじさんも、自らの力に自負はあったが、その「制御不能な不安定さ」も自覚していた。心のバランスを崩して仕事に行けなくなるなんてことを何回か経験していたからだ。それを、突然現れたこの涼しげな顔の男にズバリと指摘されたのだ。
軍師が深い溜息をつき、おじさんが苦笑して頭を掻く。

こうして、私の中に奇妙な三頭政治が敷かれることとなった。
調整役が仲介に入ることで、外界との摩擦は減り、運用は以前よりスムーズになった。軍師の知略もおじさんの活力も、調整役というフィルターを通すことで、以前より暴走することなく社会に適応し始めた。

しかし、どれだけ運用が洗練されても、3歳児をフロントには出せなかった。自分の中に独立した人格が何人も同居しているという奇妙な内情――この感覚は同時に孤独も招いた。

ひとたびバランスを崩せば、調整役の手をすり抜けて、すぐあの絶望が顔を出した。

【お母さん誕生 ― 「死ねる」から、「生きなきゃ」へ】

3人+1人のハチャメチャなチームのまま、私は親になった。「あの日の絶望は、自分で家族を作ることで癒せる」――どこかでそんな風に考えていた。

わが子を抱き、病院から帰宅した日。私の中の「最上級の覚悟」が、根底からひっくり返った。それまで私は、大切なもののために「死ねる」ことが強さだと思って踏ん張ってきた。しかし、一人では生きられない儚い命を前にして、それがどれほど的外れかを思い知る。

「こいつのために死ぬ」ことより、「こいつのために生き抜く」ことの方が、何倍も強くなければ成し得ない。

子供の存在は、私と現実の結びつきを強固にした。初めて明確な「生きる理由」ができた。けれど、心の奥底にはまだ淀みが残っていた。「私は望まれて生まれたわけではない」という思い。生きる義務と、生まれてきた肯定感との距離は、依然として遠いままだった。

そんなある日、ハンデを抱えた一人の友人と出会った。彼女は、生きているだけで過酷な状況にありながら、私の過去を聴いてこう言った。
「そうか。それはあなたにとって、とても辛いことだったよね」

共感を超え、私の痛みを「私の痛み」としてそのまま寄り添ってくれた否定のない言葉。その瞬間、長年の傷が癒えていくのを感じた。生き延びるために、私はああするしかなかったのだ。

不器用でも、理不尽と戦い続けた自分の正義を、もう責めなくていい。「ここから始めればいい」――軍師もおじさんも調整役も、彼女の言葉に勇気をもらった。

「もう、3歳の彼女を解き放とう」

そう決意したものの、内なる3人はまだ、彼女が傷つくのを恐れて躊躇していた。そのとき、穏やかで静かに、けれど毅然と女性が現れた。

「そんなに心配したって、良い方には行きませんよ。成長途中で、けがや失敗はつきものじゃない。あなたたちと、これからは私がいるんだから、多少彼女が凹んでもみんなでサポートしていきましょ?」

母性なんだろうか。論理も熱も超越した、誰も反論できない切り口だった。彼女は一瞬でチームを説得してしまった。

【3歳の再出発 絶望からの解放】

3歳の再出発 絶望からの解放
お母さんが、心の奥に向かって声をかけた。

「ほら、あなたもいつまでも潜んでないで出てらっしゃい?世の中クソッタレもたくさんいるけど、まばゆい光を放つ素敵な人やものもたくさんあるわよ。今の言葉、聞こえたでしょ?わかってくれる人だっているのよ。まず目を開けて、周りを見なさい」

導かれるように、3歳の女の子がようやく姿を現した。
甘ったれで世間知らず。けれど、軍師とおじさんと調整役が、何十年も必死で守り抜いてきた私の核。

「わたし、いらない子なんかじゃないよね?」

周囲を取り囲む軍師、おじさん、調整役、お母さんという鉄壁のガード。その絶対的な安心感の中で、長く続いた絶望から彼女は解き放たれた。3歳の心が、ふたたび歩み始めた。

【結びに代えて】

私の中の5人は、今も健在だ。
軍師が分析し、おじさんが暴れ、調整役が宥め、お母さんが見守り、5歳児になった女の子が無邪気に遊ぶ。最近は、彼女たちの境界線もだいぶ透けてきた。

とはいえ、私の感受性は相変わらずの「4K画質」だ。世間の矛盾や人間の欲を敏感に捉えては、正義を振り回してる。視野が広い、設計としてとらえられるという点においては最強の武器だが、見えすぎる、聞こえすぎるが取り扱い注意なニトロであることに変わりはない。

2026年46歳の今、この危ういアンバランスさをようやく面白がり始めている。
絶望すら燃料にして、小爆発をバンバン繰り返しながら、私にしか見えない景色を探しにいこう。

このはちゃめちゃなチームと一緒に、いつかでっかい花火を打ち上げてやるつもりだ。暴発も含めて期待してほしい。

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