毎年春、地元から届く山菜という名のギフト。 冬の間に溜まった澱みを出し切り、身体のスイッチを入れ直すために、私は春を食す。この「デトックス」は、私にとって欠かせない季節の節目だ。一説によるとあの山菜の独特の苦みこそが抗酸化作用を高めてくれるらしいのだ。
ただし、彼らを美味しくいただくには、こちら側にも相応の労力と体力が求められる。 食べれば気分がぶち上がるのは間違いないが、そこに至るまでの下拵えは、私にとってまさに「格闘」そのもの。
今回は、骨を折ってでも疎かにしたくない、私の「春の儀式」について記しておこう。
※山菜の下拵えについて 詳い図解や動画でさらっと手順を確認したい方には、白ごはん.comさんが非常におすすめだ。写真も豊富で、私も基本を思い出す際によく参考にさせていただいている。
ふきのとう~2026年46歳の和解~

ふきのとう。春の山菜の代名詞とも言える存在。 雪が消えかけた冷たい大地から、一番最初に目を覚ます「春の早起きさん」だ。 天ぷら、酢味噌和え……山菜好きにはたまらない一品だろう。
だが、私は生まれてこのかた、ふきのとうが苦手だった。 言葉を選ばずに言えば、嫌い。 あの鼻腔に抜けるきつい香りと、いつまでも後を引く苦み。なぜか身内でも私と娘だけが受け付けず、ずっと距離を置いてきた。
それがどうしたことか、今年、和解してしまった。 年齢を重ねて味覚が鈍感になったのか、それとも大人の味わいを吟味できる余裕が生まれたのか。理由はわからないが、突然「おいしい」と感じてしまったのだ。(※娘はまだ絶賛拒絶中だが)
来年、また「やっぱり嫌い」に逆戻りするかもしれない。 だからこそ、2027年の自分への備忘録として、今年の調理法を記しておく。 先に言っておくが、私のレシピは「感性」で動く人向けだ。細かい分量は書いていない。
◇ふきのとうみその作り方
【材料】
- ふきのとう(あるだけ)
- お好きな味噌
- 調味料:お酢、酒、みりん、砂糖
- 隠し味:鰹節
【手順】
- 下準備: 変色した額(がく)を外し、丁寧に洗う。
- 茹でる: 沸騰したお湯にお酢を大さじ2程度入れ、3分ほど茹でる。
- ※苦味を活かしたい人は、再沸騰するまででOK。
- さらす: 粗熱が取れるまで流水か氷水へ。
- ※苦手な人は、ここで時間をかけてしっかりアクを抜くのがコツ。
- 絞る: ざるに上げ、繊維を潰さない程度に優しく、でもしっかりと手で水気を絞る。
- 刻む: 食べやすい大きさに刻む。
- 炒める: 油を引いたフライパンで、香りを立たせるように炒める。
- 煮詰める: 酒、みりん、砂糖を加え、炒め煮にする。
- 仕上げ: 10分ほど弱火にかけて水分を飛ばしたら、味噌を投入。
- 完成: ペースト状になるまで練り合わせ、最後に鰹節を混ぜて完成。
炊き立てのご飯に乗せて、大きな口で頬張る。あるいはお気に入りの日本酒を。 口の中に広がるのは、もう「嫌な苦み」ではなく、春の生命力の味だった。
うど~皮ごと丸ごと豚バラと共に~

ふきのとうと新しく和解した一方で、20年前から全く変わらない付き合い方をしているのがウドだ。 山菜のレシピ本を開けば、必ずと言っていいほど「皮は厚く剥くこと」と書いてある。けれど、私はもう20年、ウドの皮を剥いていない。
きっかけは20年前、実家の母と台所に立っていた時のこと。 「このウド、このまま食べられそうじゃない?」 母の一言で、試しに根元の硬いところだけ落とし、そのまま味噌マヨネーズをつけて齧ってみた。
……驚いた。皮なんて全く気にならない。 筋はなく歯で容易く噛みちぎれるし、アク抜きもろくにしていないのに、ただ瑞々しく心地よいほろ苦さが広がるだけだった。 「あぁ、皮も剥かなくていいし、アクも取らなくていいね」 あの日、母と二人で顔を見合わせて笑った瞬間から、我が家のウドの扱いは決まった。
なぜそんな大胆なことができたのか。それは、ウドの根元に包丁を入れた時の「刃ざわり」が大根や人参に近かったからだ。皮や筋が口に残るものは、切っている時に包丁を通してその抵抗が伝わってくるものだが、それが全くない。
何より、両手でやっと持てるほどの大量のウドを一本ずつ剥く手間は、できれば省きたい。 「生のまま、皮も剥かずに食べられる」 私と母の出した答えは、合理的で、かつ最高に美味な真実だった。
生のまま野菜スティックでいくのもいいが、私の一押しは「ウドと豚バラの炒め物」だ。
◇ウドと豚バラの炒め物
ピーマンやゴーヤのように、ウドは油気の強い食材と合わせることで真価を発揮する「ガッツリ系パワープレイヤー」なのだ。
【材料】
- ウド
- 豚バラ肉
- 調味料:塩、みりん、酒、めんつゆ(お好みで味噌やコチュジャン)
- 仕上げ:ごま油
- 酢(おまじない程度に)
【作り方】
- 切る: ウドを洗って食べやすい大きさに。
- さらす: 水か酢水に10分ほどさらす。※苦味が好きな人は洗うだけで十分。
- 肉を焼く: フライパンで豚バラを炒める。ここで少し塩をして、肉の味を締めるのがコツ。
- 合わせる: 肉に火が通ったら、ザルで水を切ったウドを投入。
- 蒸し焼き: みりん、酒を回し入れ、弱火で蓋をして3〜5分。
- 仕上げ: ウドがしんなりしたら、めんつゆで味付け。最後にごま油で食欲をくすぐる香りを付けたら完成!
ちょっと濃厚にいきたい時は、めんつゆに味噌やコチュジャンを足すと、また別の顔を見せてくれる。
「山菜なんて精進料理みたいで腹にたまらない」
なんて悪態をついている人にこそ、ぜひ試してほしい。白ごはんが止まらなくなる、春のパワ系ーおかずだ。
我が家だけ?山菜クール便のスタメンは菜の花

山菜ではないけれど、この時期届くクール便の箱の中に必ず鎮座しているスタメンがいる。菜の花だ。
「山菜」の括りではないことは百も承知だが、我が家にとってはこの黄色い花芽こそが、春の儀式の幕開けを告げる欠かせないピースなのである。
まず、圧倒されるのはその量だ。 地元に住んでいた頃なら、畑から届く菜の花がいくら多くても、広大な敷地に巨大な冷蔵庫や冷凍庫があった。しかし、都市部にある今の我が家は、せいぜい50平米。そこへ段ボールから溢れんばかりの菜の花が襲来するのだ。
4月とはいえ、日の差す室内は25度前後まで上がる日も少なくない。放置すれば間違いなく鮮度が落ちる。これは菜の花に限ったことではないが、まさに時間との戦いだ。パスタ用の寸胴鍋で3回はお湯を沸かし直す、大量茹での作業が始まる。
さまざまな食べ方を楽しめるよう、下茹では短時間勝負。再沸騰してから5秒程度で引き揚げ、水で一気に冷やす。大量の青菜は予熱で食感が変わってしまうことが多いので、ここは細心の注意が必要だ。
子どもたちが口喧嘩する傍らで、仲裁しながら茹で上げる菜の花。その瞬間は何ともスリリングでプロの厨房の緊張感にも負けない緊迫感があるのである(笑)。
お浸し、炒め物、どれも美味しいが、今年の我が家のヒットは「菜の花とシーチキンのマヨネーズ和え」だった。
大量に茹でた菜の花を、食べやすい大きさに切って「アイラップ」で小分けにし、冷蔵庫へ。ある時はそのままお浸し、ある時は味噌汁の具。そして最後に残った袋には、そのままシーチキンとマヨネーズを投下する。袋の中で混ぜ合わせて皿に盛るだけの、超・簡単調理だ。
ここで一番伝えたいのは、茹で加減の妙ではない。 「大量の食材は、そのまま次の調理に使える状態で保存する」という戦略の重要性だ。
プロの料理人ではない主婦だからこそ、「楽に、短時間に、おいしく」という一点については、絶対に譲れないのである。
こごみは永久に不滅です 〜クズとの格闘、振り落としの儀〜

こごみと書いているが私の地元では『こごめ』と呼ぶ。見た目こそなんか巻き付いていて、ちょっと虫や得体のしれない生物に見えなくもないこごめ。私は春の山菜の中でこのこごめが絶対エースである。
わが子たちも、最初こそその独特な見た目に恐れおののいていたが、ひとたび口にすれば「ねぇ???これもうないの?」と追加オーダーが止まらない人気の逸品である。
だが、この「敵」の最大の難関は、あのおが屑のようなゴミをどう取り除くかだ。 ここで私の脳内には『ロッキー』のテーマが響き渡る。
さぁて、今年もこの時期がやってまいりました。 青コーナー!グロテスク・コゴーミ~!コゴーミ~! 赤コーナー!五重人格の破壊者:デストロイ・ニトローー!!
ここからが、我が家の真の「格闘編」だ。
ある程度は取ってから送ってくれているとはいえ、あのくずは厄介だ。ゼンマイ状の頭や茎の細かい葉にしぶとくくっついている。これを完璧に攻略できるかどうかが、触感という勝負の勝敗を決めてしまう。
デストロイ・ニトロの戦術はただ一つ。
「絶対に、水に濡らす前に勝負をつける」
これ、テストに出るくらい重要だ。水に濡れた瞬間に、残ったクズは本体にピタリと張り付き、剥がれなくなる。 少量なら水で流す戦術も有効だが、我が家に届くのは大きめのザルに山盛り一杯。水に浸けたが最後、クズはくるくると丸まった頭の奥深くへ潜り込んでしまうのだ。
だから、まずは乾燥した状態のまま新聞紙を広げ、その上でひたすら振り、クズを落とす。テンポよく、ワン・ツー・ジャブだ。
50平米のマンションのキッチンでは所狭しと、戦場を居間へと移動。 ゴミを舞わせることなく、膝をつき体制を低く保ち、ひたすら新聞紙へとおが屑を振り落とす。デストロイ・ニトロは孤独な戦いを続ける。 そこへ、落とした屑の上に孫の小さい手が忍び寄る。ここで中断するわけにはいかない。「誰か!!」と大声でヘルプを呼びながら、戦線を死守する。
「あぁ、今年もやってるわ、私」という自虐的な陶酔感と共に、大鍋でひたすら湯を沸かし、茹で上げ、流水でさらしていく。 茹であがった第一陣を待っているのは、おかかとお醤油マヨネーズという我が家の最強布陣だ。
すべての作業を終え、ようやくゆっくりと食べ始める。 ふと、取り切れなかったクズを発見するが、「これは鰹節よ!」と自分に言い聞かせ、飲み込む。 今年も最高のパフォーマンスを見せてくれた「こごめ」に、心からの感謝を捧げるのであった。
ミッション:ふうき(蕗)「長躯(ちょうく)を維持せよ」

田舎育ちでありながらお恥ずかしい話だが、私は今シーズン初めてフウキを調理した。旅館などに泊まると傍らに添えられているキャラブキや、がんもや油揚げと煮たフウキの煮物、実家でも何度も食べており嫌いなわけではなかったのだが触ることはなかった。
恐らく、ネイルケアが好きな私の爪を汚さないようにという母の愛情から私は触ったことがなかったという設定で決定することにした。
そして今年初の調理だった。ちゃんとネットで調べてから始めた。ポイントはいかに長いままゆでられるかということらしかった。
で考えあぐねた私が採用したのが直径32センチのフライパン!これなら32㎝は死守できる。その作戦で行くことにした。
まず板摺して塩で表面をこする。こうすることで筋が取れやすくなったり、色よくゆであがるのだそうだ。作戦通りフライパンで湯を沸かしフウキ投入。5分程度茹でて、水にさらす。その後、包丁を使いながら、フウキの上下方向から筋を取り除いていく。
文字で書くと3行だ。経験者ならわかると思うがこの作業は永遠に終わらないのではないか?と思うくらい単調で蕗は減らない(笑)いんげんの筋取りより減った感じがしない。脳裏に焼き付くくらい水に浸ったフウキと筋を見続ける。
で、私はフウキの灰汁をなめていた。作業中は気が付かなかったが、翌日私の爪は茶色に染まっていた。。。なぜ手袋をしなかったか?と後悔したがそれは来年の改善目標にした。あと、これを書いていて思い出したが母は確かに大鍋でゆでていたが、フウキを長いままゆでていた。根元の太いところから徐々に鍋はだに沿って丸く入れることで、フウキを途中で切ることなくゆでていたことを『今』思い出したのだ。
で、今年はフウキを軽く炒めて、みりん酒をいれひたひたの水位で20分程度コトコトにて孫も食べられるように柔らかくして白だしで仕上げた。白だしを使ったことにより、フウキのあの美しい薄黄色のまま食すことができた。初戦としてはまずまずというところだろうか(笑)
編集後記:止まらない偏愛と、指先の勲章
山菜について記事を書くと決めた時、せいぜい3000文字程度のものになるだろうと高をくくっていた。 ところがいざ書き始めると、山菜への偏愛と家族を繋ぐ思い出が、削っても削っても溢れ出して止まらない。 「ふきのとう」から始まり、「ウド」「菜の花」「こごめ」との格闘、そして「フウキ」の戦略的ミッション。私の山菜愛は、自分でも驚くほど留まるところを知らなかった。
気づけば5000文字を超えている。 山菜は単なる「食べ物」ではない。その強い季節性のせいか、書き進めるうちに、いつの間にか家族の思い出のアルバムを一枚ずつめくっているような心地になっていた。
ここで一つ、私の仮説を記しておきたい。 私の地元は雪深く、土は半年の間、雪の下に静かに眠る。雪解け水が大地を潤し、川へと流れていくあの清冽なサイクルこそが、山菜のえぐみを抜き、澄んだ味わいを生む正体なのではないだろうか。 そう思う根拠がある。かつて実家で育てたゴーヤは、驚くほど苦みが少なかったのだ。あの土地の「水」には、きっと何かがある。
指先は灰汁(あく)で茶色く染まったが、これは春を戦い抜いた勲章だ。 この偏愛の記録に最後まで付き合い、ここにたどり着いたあなたへ。 そして、豊かな山の恵みと、それを届けてくれる家族に、心からの敬意を送る。

